登別市には、町から北に位置する「登別温泉」と、更に山奥に位置する「カルルス温泉」、秘湯として知られる「川又温泉」があります。
登別温泉が開発され利用できるように
開発に着手したのはホロベツ場所 請負人の岡田半兵衛という人物です。
人夫用湯治止宿小屋の建設、小道の改修や、火薬の原料だった硫黄の採掘・精錬も行いました。
実際に登別に住みつつ、湯守として
滝本 金蔵
武蔵国児玉郡本庄 誕生
滝本金蔵逝去。後継者に滝本金之助
「滝本館」という看板を掲げる
滝本金蔵は、現 埼玉県本庄市の出身で、江戸の大工職人です。
1858 安政5年の職人の募集に応募して
妻の佐多が皮膚病になり、当時入植者が他の土地へ
” 病に効く ”という登別温泉の噂を聞きつけ、登別に移住しました。
湯治をはじめると、やがて佐多の皮膚病が快癒、その効能を広めたいと思い
幌別役所から湯守の許可を受けました。
“ 第一滝本館 ” の前身となる温泉宿を建て、浴室の増加とともに
1881 明治14年に私費で登別温泉までの道路を開削(現在の道路)、
明治21年には旅館を2階建てに増築、明治23年には湯宿に内湯を作るなど、経営に尽力しました。
滝本金蔵は『 湯治の祖 』と呼ばれ、現在の基礎を築きました。